幻の三冠馬・アグネスタキオン
2001年、皐月賞。
その馬は、わずか四度の戦いで神話になった。
異次元から現れ、瞬く間に駆け抜けていった。
ライバル達を絶望させ、見る者の目を眩ませる、”超光速の粒子”。
その馬の名は…
―2012年皐月賞CMより
「幻の三冠馬といえば?」と聞かれて、アグネスタキオンの名を挙げる競馬ファンは多いだろう。
アグネスタキオンのキャリアはわずか4戦。
皐月賞を勝って、これからクラシック三冠を目指していくと思われた矢先、屈腱炎を発症し、無念にも陣営は引退を選択した。その後は種牡馬として活躍し、名牝と名高いダイワスカーレット、自身が果たせなかったダービーを制覇したディープスカイなど優秀な産駒を輩出し、リーディングサイアーにもなる。
(↑ウマ娘での父娘出演)
さて、時を戻して彼の幼少の話をしよう。
アグネスタキオンの血統は、父サンデーサイレンス母アグネスフローラ母父ロイヤルスキー。父は言わずとしれた名馬、母のアグネスフローラは桜花賞馬である。
タキオンとは「超光速の粒子」。
馬主である渡辺孝男はすでに故人であり、アグネスの冠名こそ今や失われてしまったが、今なお競馬界で「アグネス」の名を知らない人はいないだろう。(ちなみにアグネスは、アグネス・チャンが由来である)
全兄のアグネスフライトは河内洋騎手にダービーのタイトルを獲らせた馬である(河内の夢か、豊の意地か!の実況でお馴染み)。ちなみに、アグネスタキオンの主戦も河内騎手に任されている。
新馬戦デビューはかなり遅かった。
12月の阪神競馬場のメイクデビューは、O.ペリエが乗る2億円の馬・ボーンキング、後年は地方競馬で花開くリブロードキャストについで3番人気評価となった。
直線でゴーサインが出ると物凄い加速を見せ、後続を全く寄せ付けずに完勝。
鮮やかな切れ味を見せた。
続く2戦目の舞台は、現在はGⅠに昇格し名称もホープフルステークスになった「ラジオたんぱ杯3歳ステークス」。(この時は阪神芝2000M)
わずか2戦目にして彼はその異次元の能力を競馬ファンに見せつける。
出走馬には後にダート・芝の両GⅠで勝利するダート界の大種牡馬であるクロフネ、その年のダービーを制覇するジャングルポケットがいた。
そのメンバーの中で1番人気に推された彼は、誰もが思わなかった驚異の走りでその支持に応えるのだった。
勝ちタイムは、2.00.8。圧巻のレコード勝ち。だが、この凄さはタイムだけではない。
なんと追ってきたクロフネとジャングルポケットの2頭も従来のレコードを超えるタイムを出していたのだ。
3着馬までは他馬と格が違う中で、直線を競ることも無く駆けていったアグネスタキオンの凄まじさを今も思い出させるレースとなった。
もはやこの馬がクラシック三冠馬になることを、ファンなら思い描かないわけがない。
その脚色は衰えるどころか磨きがかかっていた。
このレースには後の菊花賞馬・マンハッタンカフェが参戦していたが、そのことを忘れてしまう勝ちっぷり。不良の馬場も彼にとってみれば問題外だった。
夢の三冠。それがここまで近く、むしろ彼に向かってきているようだった。
敗北など無い。見ているファンのほとんどがそう思っただろう。
では、その雄姿をご覧いただこう。
「まずは1冠」
アナウンサーが思わず放った言葉。それは多くのファンの内心を代弁していた。
この馬なら、三冠を獲れる。ナリタブライアン以来の栄光をものにする……。
だが、それは幻に終わってしまうーーー。
名馬の条件とは何だろう?
超光速で駆け抜けていったアグネスタキオンは、その答えも置き去りにしたまま、2009年に急性心不全でこの世を去る。
2020年になっても、彼の血を継ぐ馬はまだ走り続けている。
先日行われた川崎競馬、羽田盃TRクラウンカップで母父アグネスタキオンの2頭が1・2フィニッシュをしていた。
長らく筆をおいていたが、彼を思い出したので書いた次第である。
もうすぐ今年の皐月賞が来る。